2007年3月22日木曜日

みにちう、新潟港に上陸

みにちうが船旅をしたのは、故郷イギリスからはるばる日本にやってきたとき以来なのかもしれません。新日本海フェリーを下船し、新潟の地へやってきました。思えば、2005年8月に実家を目指して走行中、上越市付近の北陸自動車道でオーバーヒートして金沢まで回送となってから苦節19ヶ月、ついに我が実家にみにちうがやってきたのです。

今回の引っ越しは大阪から茨城ですから、本来なら太平洋側を走るのですが、あえて実家 (新潟) を経由した理由は二つあります。一つは万が一みにちうが途中で調子が悪くなった時の留置場所として実家が使えること、もう一つは家族や友人たちが私の新居を訪れるときに使える、新居までの道を確認することです。他にも、みにちうの走行距離をできるだけ抑えて、故障のリスクを減らすという理由もあります。対外的には、CO2削減にも貢献しています、という言い方もできます:)

みにちうは実家で一晩休み、新潟でゆっくりする暇もなく、明日は新居へ向けておよそ300kmの道のりを走ります。

引っ越し

大阪では、お猿さんで有名な箕面に住んでいました。引っ越しは着々と準備していたつもりだったのですが、最後はグダグダでした。なんとか無事に部屋の引き渡しが完了しました。関西は敷金・礼金ではなく、保証金・敷引 (解約引) 制度です。部屋はきれいに使っていたので、敷引後の保証金は全額返ってくるそうです。でも、やっぱり高いし (家賃の 4ヶ月以上に相当) 、関東の敷金から実費精算に比べると不透明で、あまり気分のよい制度ではないと思います。なお、みにちうのおもらしの件は結局何も言われませんでした。

13:30、箕面を出発です。距離計は62518.5kmです。国道171号線では渋滞に悩まされ、国道1号線に合流した時は既に15:00をまわり、京都市内の渋滞にも巻き込まれ、ようやく国道161号線に逃れて滋賀県に入ったときは、16:10をまわっていました。近江高島駅近くの乙女ヶ池で小休止、もしやフェリー乗り場の辺りで、おいしい魚介類が食べられる食堂があるのでは…と、期待を抱いて敦賀新港まで行って失望したあと、敦賀市内のホテルまで戻って敦賀で一泊です。このホテルは一年半前、大阪に引っ越す時に泊まったホテルです。ホテル到着時点では、65680.0kmでした。

翌朝、ホテルで朝食を摂り、出発です。せっかく敦賀港に向かうので、敦賀港線を見に行きました。敦賀港駅に着くと DE10 1044 [吹] が止まっており、フォークリフトがコンテナの積みおろし作業をしていました。

敦賀新港では、新日本海フェリーのしらかば号に乗り、新潟に向かいます。敦賀港駅でのんびりしすぎて、敦賀新港にギリギリで到着し、言われるがままにフェリーに乗ってしまったので、フェリーの写真はありません (笑) 。みにちうの車高の問題で 1階部分の甲板に乗り込むように指示されました。さすがに敦賀-新潟間は利用者も少ないらしく、船内は人影もまばらでです。

残念ながら、天気が悪く、眺めはよくありませんでした。10時間乗り続けるというのは、飛行機なら日本からヨーロッパまで行けちゃう時間ですし、トワイライトエクスプレスには17時間乗っていたことがありますが、それらに比べると格段に長く感じます。やはりどこまで行っても波打つ海面しか見えないというのは辛いですねぇ…。

フェリーしらかば号は、定刻より 50分早い 21:40 に新潟港に入港です。出港当初から早着を予告していたので、ずっと急いで航行していたのでしょう。今日は新潟港での積み荷が多いのかもしれません。おそらく家族が寝ないで待っているでしょうから、帰宅時間が早くなるのは助かります。

2007年3月10日土曜日

みにちうのおもらし

みにちうが使っている駐車場の写真です。オイルが漏れて真っ黒なシミになっています。1年半でこの状態です。かなり漏れているような気がします。

写真の状態は自転車用のデグリーザを吹き付けて、水で流した後の状態です。その後、タミヤのラジコン用のクリーナーを使ってみたもののさっぱり落ちず (成分は IPA の模様) 、現在は台所用のマジックリンで掃除中です。乾いてみないと分かりませんが、今のところの感触ではマジックリンが一番効果があったように思います。

なんかいい手はないですかねぇ…。

2007年3月4日日曜日

ジャンプ制御を体験

ひょんなことから、直流二線式のパワーパックが手元にあったので、DCS50K のジャンプ制御を使ってみました。上の写真は左から増設用スロットル UT4 、コマンドステーション DCS50K 、そして ZJゲージ用パワーパックの CZP-01 です。これだけあると、3台の列車を個別に運転できます。

一応、おさらいです。ジャンプ制御とは、DCC コマンドステーション DCS50K 独自の機能であり、直流二線式のパワーパックを DCC の増設スロットルのように使えるというものです。この機能は、これまで直流二線式で楽しんでいたユーザをスムーズに DCC に移行させるものとして、なかなかおもしろいアイデアであると思います。

付属の JUMP 制御用ケーブルを使って、ZJゲージ用パワーパックの CZP-01 を JUMP 制御端子に接続します。次に、JUMP ボタン、LOCO ボタンを順に押し、CZP-01 で動かす列車の ID を指定します。これだけで動きます。簡単です。

で、普通に走るんですが、いくつか問題があります。

  • CZP-01 の電圧を最低レベルにしても、車両のモーターはブブブブ…と動き続けている
  • ライトやホイッスルなど、DCC独自のギミックが制御できない

本格的に DCC を楽しむには、やはりスロットルを買わないといけないですねぇ。増設用スロットルがもうちょっと、鉄道っぽいデザインになるといいんですけどね。

2007年3月3日土曜日

みにちう回送計画

引っ越しにあたり、みにちうを新居まで回送する必要があります。大阪→茨城ですから、一番単純なのは東海道→常磐道ということになりますが、長時間に渡る高速道路の走行はみにちうには大きな負担になります。みにちうは渋滞も苦手なので、都内もできれば避けたいです。現在のみにちうは、そんなに調子悪くはないんですけどね。

色々考えた結果の結論は、次のような回送計画になりました。

  • 1日目: 大阪 → 敦賀 (泊)
  • 2日目: 敦賀港 → 新潟港 → 実家 (泊)
  • 3日目: 実家 → 会津若松 → 白河 → 茨城

1日目は、敦賀までおよそ 160km の道を下道で走ります。休憩込みで、およそ 4時間の道のりになると思います。過去に二度走っている道なので、あまり心配はしていません。敦賀で一泊します。

2日目は、日本海フェリーの北行便にみにちうを乗せ、新潟港まで船旅です。このフェリー、足が遅い上に変な時間なのでイマイチ使いにくいのですが、みにちうの負担を軽くすることを考えると、仕方ない選択だと思います。新潟港に上陸後は実家に寄るので、最悪、みにちうの調子が悪くなったら実家に留置することにします。

3日目は、実家から茨城まで 280km を下道で走ります。休憩込みで、およそ 7時間の道のりになると見積もっています。会津若松までは自分で運転したことはありませんが、知っている道です。そこから先は茨城街道に沿って、茨城に向かいます。道中、それほどの難所もないようです。

実家からは意外にも、関越自動車道を走るより会津若松を回った方が近いのです。3日目の経験は、家族や故郷の友人たちが遊びに来るときに、大いに役に立ってくれると思います。今回の計画を立てるにあたって、道路時刻表には大変お世話になりました。